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【アラベスク】  第17章 来し方の楔



第4節 白梅 [3]




 呪縛から開放されたかのようなスッキリとした表情で、だがどことなく剣呑な雰囲気も漂わせながら、ツバサは改めて蔦を見下ろす。
「と、言うワケで、しっかりと、納得できるような説明をしてもらいましょうか?」
「だから、説明はこれで全部だってっ!」
「私は納得していない。だいたい、女の子と食事するのに、どうしてわざわざカフェなんかに? 購買の菓子パンで十分じゃない」
「だから、それはあの女の希望であって、おいっ! 大迫っ!」
 縋るような視線に、片手を振って答える。
「これ以上お節介するつもりはない」
「それはないだろうっ」
「誤解を招くような行動を取った、お前が悪い」
「俺のどこが悪いって言うんだよっ」
「こらっ コウ、こっちの話が先でしょっ」
「ひぃっ!」
 襟首をムズッと捕まれ、肩を竦める。
「いい加減にしてくれよっ!」
 襟首の手を思いっきり振り払い、猛ダッシュで駅舎を飛び出す。
「あ、こらっ 待てっ!」
「うひゃっ オタスケッ!」
「待て、待て、待てぇいっ!」
 拳を振り上げながら追い掛けるツバサ。そんな二人を、呆然と見送る三人。
「雨が降ったら、地面って本当に固まるもんなんだな」
「なんか、逆に泥沼になったような気がしないでもないんだが」
「どっちでもいいよ。楽しそうだし」
「何? 聡、君も誰かに追いかけられたいの?」
 言って嫌味な視線を向ける。
「追いかけっこなんて、日常茶飯事だろう? 今日も廊下で女子に囲まれてたみたいだし」
「うるせぇ、黙ってろ。そういうお前だって、下校時は相変わらずの賑やかっぷりじゃねぇか」
「僕は君とは違って、追いかけてくれる人が美鶴でなければ意味が無いんだよ」
「なにっ! それじゃあまるで俺は相手が誰でも構わない節操無しみてぇじゃねぇか」
「いっその事、そうなってしまえば?」
「っんだと!」
 バチバチと火花を散らす二人をヨソに、美鶴はぼんやりと二人の消えた方角を見つめた。
 ツバサ、お兄さんに会えてよかったのかもしれない。
 期待していたような結果ではなかったのかもしれないけれど、そもそも結果なんて、思い通りになるとは限らない。
 ツバサは何かを手に入れた。兄に会った事は無駄にはならなかった。それはきっと、ツバサ自身が、何かを手に入れ、自分を変えようと頑張ったから。
 兄に会えた事を無駄にするか価値にするかは、ツバサ次第だったのかもしれない。
 ツバサも、そして兄の方も、これから少しずつ変わるのだろうか? ツバサは、少し前向きに。
 なんとなく羨ましいような悔しいような感情を胸に(いだ)きながら、その脳裏には別の男性を思い浮かべる。
 霞流さんは、そんなに簡単にはいかないんだろうな。
 ユンミの呟きが耳に蘇る。

「本当に饒舌だったわよね」

 ツバサや、そのお兄さんの事なんてどうでもいいみたいな事言ってたけど、やっぱり霞流さんも、気にしていたのかな?

「これだから女は嫌いだ」

 織笠鈴の自殺は、霞流さんにとっては卑劣な行動にしか見えなかった。それは、逃げているようにしか見えなかったから。
 霞流さんも、逃げてるよ。
 だが、それを指摘したところで、霞流が改心するとは思えない。
 逃げてなにが悪い? 俺は善人ではないし、善人になろうとだなんて事も考えてはいないからな。だから、逃げる事を悪い事だとは思わない。
 そんなふうに開き直りそうだ。
 でも霞流さん、涼木魁流の事は、結局は卑怯だと詰っていた。
 逃げたり背を向けたりする事は、醜いことだって、そう思ってる。だったら、それを改めさせる事は、可能なんじゃない?
 でも、どうやって。
「はぁ」
 ため息が出る。
 私の方は全然進展しないんだなぁ。
 見上げる窓には、桃色の花びらが一枚へばりついている。
 私なりに頑張ってるつもりなんだけどなぁ。今回の事だって、ツバサを心配してただけじゃなくって、何か霞流さんとの関係を変えるきっかけでも掴めないものかと思ってた部分もあったワケだし。どんな些細なきっかけでもよかったんだけど、私の行動って、ひょっとしてただ空回りしてるだけなのかな?
 長身の少女が消えた入り口へ視線を投げる。
 彼女は変わった。その視線を、もっと前へと向けるようになった。そのきっかけが兄との再会であった事には間違いない。だが、その再会は、彼女が望むようなものではなかった。
 自分の望むような結果が得られるワケではない。
 それは、私にも当て嵌まるんじゃないのか?
 目の前で、金糸が揺れる。銀梅花の香りはしない。
 自分がどれほど頑張っても、望むような結果など、得られるとは限らない。
 それでも自分は、後悔しないと言い切れるだろうか? ツバサのように、どのような結果であっても受け止め、前へ進むきっかけになんて、する事ができるのだろうか?
 前へ進む?
 私、立ち止まってるのかな?
 でも、逃げてるワケじゃないし。
 自分を奮い立たせようとするその視界を、霞流の冷たい視線が横切る。

「なんて卑怯で(ずる)いんだ。これだから女は嫌いだ」

 霞流さんは女はズルいと言った。そんな事は無いと、私は反論したい。だけど。

「織笠鈴は恐ろしく自己中心的な人間だ。辛さや醜さから逃げる事しか考えていなかった」

 彼女が本当にそういう人間だったかどうかはわからない。涼木魁流の言うように、霞流さんの憶測でしかないかもしれない。だけれども。
 自分は正しいと信じて疑わなかった傲慢。
 周囲は馬鹿だと見下し、唐渓でも馴染もうとはしなかった態度。
 引き立て役。
 心のどこかが、ズキリと痛い。まるで鋭利な刃物で突き刺されたかのよう。
 私のどこかが、彼女と重なる。私の中に、彼女と同じモノが存在する。だとしたら、私自身も、霞流さんが嫌悪する女の、一人?







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